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松江地方裁判所浜田支部 昭和42年(ワ)19号 判決 1967年11月21日

原告

江津運送有限会社

被告

本田一人

主文

被告は原告に対し金三〇万円およびこれに対する昭和四二年七月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は四分し、その一を原告、その余を被告の各負担とする。

事実

原告代表者は「被告は原告に対し金四〇万円およびこれに対する昭和四二年七月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として<中略>

理由

一原告が貨物自動車による運送業者であること、被告は昭和四一年六月ごろ原告方に自動車運転手として雇われていたものであるが、同月一八日右業務に従事中江津市大字久代地内国道九号線において、前方不注意により、同所に駐車中の訴外株式会社原工務所所有の乗用車に追突してこれを大破させたことはいずれも当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すれば、訴外株式会社原工務所は右事故により時価五〇万円相当の前記乗用車が後部大破により使用不能となり、四〇万円以上の損害を蒙つたこと、被告の使用者である原告は右訴外会社から右損害賠償請求を受けて同年八月ごろ同会社との間にその損害額を四〇万円とする示談をし、同四二年四月末日までに右金員を同会社に支払つたことがそれぞれ認められ、この認定に反する証拠がない。

三以上述べたところによると、被告の不法行為により訴外株式会社原工務所に金四〇万円以上の損害を与え、原告が使用者責任として同訴外会社に金四〇万円の損害賠償をしたものであるから、民法七一五条三項により原告は被告に対し右金員の求償を為し得るものといわなければならない。

しかしながら、もともと原告の経営する運送業は自動車事故などの危険が伴う企業であり、原告はその事業により収益をあげているという事実に着目すれば、原告の右求償権の行使によりその事業上生じた損害賠償の不利益をことごとく被用者である被告の負担に帰せしめることは妥当を欠く。右の如き企業者が被用者に求償権を行使するに当つては、企業者の選任監督に関する過失が存し、それが被用者の不法行為との間に相当因果がある場合に過失相殺さるべきであるし、そうでなくとも、賃金が低廉であるとか、労務が過度である場合にこれらが加害行為と相当因果関係がある限り、過失相殺を類推して求償権を制限するのが相当である。

いまこれを本件についてみるに、本件全立証によるも、被告主張のような原告に選任監督上の過失があつた事実を認めることができないが、<証拠>によれば、被告は昭和三九年四月一六日から原告方に雇われたが、事故前後である同四一年一月から同年六月までの平均就労日数は二六日間であつて、その勤務時間は午前七時から午後五時までの一〇時間勤務であり、その内容は主として砂利運送であつたこと、そして、その賃金は日当八〇〇円で扶養家族の手当等を含めて平均月約二万五、〇〇〇円に過ぎなかつたことが認められ、右賃金日当八〇〇円は運転経験の浅さを考慮して他より一〇〇円安くしていることが原告代表者本人の供述によつて窺われるけれども、この点を考慮しても、前認定の勤務年限と対照した場合、やはり右賃金は低廉であると評価せざるを得ないし、またこの賃金率からすれば被告の労務は過度であつたと認め得る。しかして、この被告の労務の過度が自動車運転上の注意力に影響し、ひいてはそれが被告の前記前方不注意の一因子となり、両者間に相当因果関係があるものといえないことはない。そうだとすると、こと衡平の原則上、さきに説示したように過失相殺を類推して原告にも損害賠償責任を分担させるために、その求償権を制限するのが相当である。そこで、その分担額であるが、被告本人尋問の結果によれば、被告の前記前方不注意は、事故直前たまたま現場附近に駐車していた被害者方の故障車に気を奪われていたためであることが認められ、これによれば被告自身の過失が強度であるから、原告との過失相殺をするにしてもそこに自ら限度があり、結局、右不法行為の態容と原被告間の前示関係等の諸事情を顧慮して原告の求償金四〇万円から一〇万円を減額するをもつて相当と認める。したがつて、原告の求償金は三〇万円となり被告は右金員を原告に支払う義務がある。

四しからば、原告の本訴請求はそのうち求償金三〇万円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された翌日であること記録上明らかな昭和四二年七月九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを被告に求める限度で理由ありとしてこれを認容するが、その余は失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用して主文のとおり判決する。(広岡 保)

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